「SPIRIT」★★★☆☆
〜こんな方にオススメの映画〜
◎強さの意味を知りたい
◎きれいなアクションシーンが見たい
↓予告編
“天津一”強い格闘家を目指すために、主人公の霍(フォ)は、傲慢で手段を選ばない戦い方で、ついに天津一の座を手に入れたが、その傲慢さゆえに格闘で人を殺してしまい、その結果報復として妻子を殺されてしまいます。絶望の境地で川(?)に身を投げ、街から離れたある村に流れ着いた霍(フォ)は、優しい村の人々に介抱され、共に暮らしていく中で、大切なことを教わります。霍(フォ)の世話をしていた娘の言葉を紹介します。
「身を清くしていれば“潔く生きられる”…もつれはほどける」
「(田植えの時に)苗は生きてるの、あいだが詰まりすぎると育ちにくいわ。人も同じね。互いに敬えば、仲良く暮らしていける」
数年後村を出て街に戻ってからの霍(フォ)の、戦い方のスタイルが変わったのがとても印象的でした。傲慢だった過去の自分を悔いて、相手を傷つけない最小限の方法で戦うようになるのです。村で農夫として暮らすうちに、強さの意味をはき違えていた自分に気づいたのだと思います。
余談ですが、ジブリの映画『ゲド戦記』でも、心に迷いを持つ主人公のアレンが慣れない農業を辺境の地で手伝うシーンが出てきます。ひょっとしたら人間は、生きていく為に最低限必要な農作業をする(=ふりだしに戻って原点回帰する)ことで、心の迷いから脱出し、心を浄められるのかもしれないなあ…と、ふと考えました。
印象に残った点二つ目。
外国人と戦う異種挌闘技戦の対戦者、田中が試合前に霍(フォ)の元を訪ね、こんなやりとりを二人は交わします。
田中「世の中には数々の武芸流派がありますが、それも優劣がないと言われますか?(中略)優劣がなければ、なぜ技を競うのですか?」
霍(フォ)「あらゆる武術に優劣高低はありません。使う者の技量の差だけです。試合を通じて己の真の姿に向き合う。本当の敵は、おそらく己自身だからです」
霍(フォ)の親友のジンスンにも、こんなことを語っていました。
「外国のいいなりでなく、我々も立ち上がる時だ。外国に見下されぬよう強くなるべき時に、中国人同士が互いに見下し争ってきた。(中国のことを外国から)“東洋の病人”と呼ばれても怖くはないが、怖いのは自らの病に気づかぬ事だ」
霍(フォ)自身が異種挌闘技戦で戦う事で、中国人の名誉を守ると共に、中国人の“自らの病(=己自身が真の敵であるということ)”を気づかせよう…というこの霍(フォ)のスピリット(精神)はとても強く温かいなあ、と思いました。
印象に残った点三つ目。
霍(フォ)が心を入れ替えてからの、異種挌闘技戦での戦いっぷりは見ていて目を奪われるほどかっこいいな、と感じました。基本的に私自身、アクションシーンは見ていて痛々しいので苦手なのですが、霍(フォ)の戦い方に美学があるおかげか、アクションシーンが初めてきれいに見えて、“いいなあ”と思えたのです。
特に、田中との最終試合は特に必見です。
“本当の強さ”ってなんなんだろう…と映画を見ている間、ずっと考えていました。
本当の強さとは、自らの傲慢さを捨て、己の真の姿に向き合うことなのではないか。
…そんな風に、映画を見終わった今、私自身は思いました。
◎強さの意味を知りたい
◎きれいなアクションシーンが見たい
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↓予告編
印象に残った点ひとつ目。解説: 『HERO』『LOVERS』を手がけたプロデューサーのビル・コンが、『HERO』に続きジェット・リーとのコラボレーションで放つアクション巨編。実在したマーシャル・アーツの伝説的人物をモデルに、格闘技の師匠だった父の跡を歩もうとする男の生きざまを描く。孤独な主人公をリーが全身全霊の力で大熱演するほか、相手役には日本から人気俳優の中村獅童が参戦。マーシャル・アーツの精神を、闘いで表現する彼らの挌闘シーンの迫力に圧倒される。(シネマトゥデイ)
あらすじ: 武道に憧れて天津一の挌闘家になったフォ(ジェット・リー)は、その高慢な人格が災いして、悲劇のどん底へと突き落とされてしまう。すべてを捨て流れ着いた辺境の村で農夫として働き始めた彼は、本当の強さとは何かを悟るのだが、そんな彼に史上初の異種挌闘技戦が待ち受けていた……。(シネマトゥデイ)
“天津一”強い格闘家を目指すために、主人公の霍(フォ)は、傲慢で手段を選ばない戦い方で、ついに天津一の座を手に入れたが、その傲慢さゆえに格闘で人を殺してしまい、その結果報復として妻子を殺されてしまいます。絶望の境地で川(?)に身を投げ、街から離れたある村に流れ着いた霍(フォ)は、優しい村の人々に介抱され、共に暮らしていく中で、大切なことを教わります。霍(フォ)の世話をしていた娘の言葉を紹介します。
「身を清くしていれば“潔く生きられる”…もつれはほどける」
「(田植えの時に)苗は生きてるの、あいだが詰まりすぎると育ちにくいわ。人も同じね。互いに敬えば、仲良く暮らしていける」
数年後村を出て街に戻ってからの霍(フォ)の、戦い方のスタイルが変わったのがとても印象的でした。傲慢だった過去の自分を悔いて、相手を傷つけない最小限の方法で戦うようになるのです。村で農夫として暮らすうちに、強さの意味をはき違えていた自分に気づいたのだと思います。
余談ですが、ジブリの映画『ゲド戦記』でも、心に迷いを持つ主人公のアレンが慣れない農業を辺境の地で手伝うシーンが出てきます。ひょっとしたら人間は、生きていく為に最低限必要な農作業をする(=ふりだしに戻って原点回帰する)ことで、心の迷いから脱出し、心を浄められるのかもしれないなあ…と、ふと考えました。
印象に残った点二つ目。
外国人と戦う異種挌闘技戦の対戦者、田中が試合前に霍(フォ)の元を訪ね、こんなやりとりを二人は交わします。
田中「世の中には数々の武芸流派がありますが、それも優劣がないと言われますか?(中略)優劣がなければ、なぜ技を競うのですか?」
霍(フォ)「あらゆる武術に優劣高低はありません。使う者の技量の差だけです。試合を通じて己の真の姿に向き合う。本当の敵は、おそらく己自身だからです」
霍(フォ)の親友のジンスンにも、こんなことを語っていました。
「外国のいいなりでなく、我々も立ち上がる時だ。外国に見下されぬよう強くなるべき時に、中国人同士が互いに見下し争ってきた。(中国のことを外国から)“東洋の病人”と呼ばれても怖くはないが、怖いのは自らの病に気づかぬ事だ」
霍(フォ)自身が異種挌闘技戦で戦う事で、中国人の名誉を守ると共に、中国人の“自らの病(=己自身が真の敵であるということ)”を気づかせよう…というこの霍(フォ)のスピリット(精神)はとても強く温かいなあ、と思いました。
印象に残った点三つ目。
霍(フォ)が心を入れ替えてからの、異種挌闘技戦での戦いっぷりは見ていて目を奪われるほどかっこいいな、と感じました。基本的に私自身、アクションシーンは見ていて痛々しいので苦手なのですが、霍(フォ)の戦い方に美学があるおかげか、アクションシーンが初めてきれいに見えて、“いいなあ”と思えたのです。
特に、田中との最終試合は特に必見です。
“本当の強さ”ってなんなんだろう…と映画を見ている間、ずっと考えていました。
本当の強さとは、自らの傲慢さを捨て、己の真の姿に向き合うことなのではないか。
…そんな風に、映画を見終わった今、私自身は思いました。
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